東浩紀「ポストモダンと情報社会」2/5

今日の東浩紀の授業

どうもこんにちは
ついに最終回ということで良かった良かったという感じ

引越しもようやく片付いてきて
パワポも用意できるようになった
今日はちゃんとやります
今までもちゃんとやってたけど

今期の授業の後半、結構体調悪かった

髪も切りにいかなきゃいけないし

東工大でやる2月19日の講演では
髪を切ったさわやかな僕を見られるのではないか
一応宣伝しておく

今日はまとめ

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三つの未来社会像 ・保守主義+近代回帰(近代的主体)という解 ・リベラリズムアイロニー(解離的主体、Rotry)という解 ・リバタリアニズム+工学的管理(動物化)という解 リバタリアニズム / \ リベラリズム 保守主義 ↑人格的自由↓ ↓経済的自由↑ 権威主義 リベラリズムは人格的自由を大事にする 保守主義は経済的自由を大事にする リベラリズム保守主義はバーター 普通は人格的自由をとるか経済的自由をとるか リバタリアニズムでは 人格的自由も経済的自由も認める こんな国は成り立たないと思われるが 情報技術によって解決できるのではないか
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保守主義+近代回帰(近代的主体)という解 多様なライフスタイルを認めない 「美しい国」 今日本が大方向かっているのはこっちの方向なのではないか 団塊ジュニアはライフスタイルに対して保守的 1980年、男女雇用均等法 フェミニストが活躍 しかし1990年代後半に勢いがなくなっていく 実感としては団塊ジュニアの女性達は保守的 負け犬論争 保守主義のメンタリティ 宮台真司 援助交際をやっている女性達の多様性を肯定 しかしある時転向して保守化していく 資本主義社会があるからこそ援助交際も成立するが 敢えて家庭に入るのが成功者なのだというメンタリティ ナショナリズムの回帰、バックラッシュのように見える しかし単なる権威主義化ではない 経済的自由のために保守化する
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リベラリズムアイロニー(解離的主体、Rotry)という解 『東京から考える』は増刷しました ありがとう まさか増刷するとは 北田さんはリベラリズムの立場に立つ 経済的自由はある程度制限しなければならないという 左翼的な思想は多様性を認めなければならない 嫌韓厨も認めなければならない 多様性を認めない人達も認めなければならない そう教育していかなければならない ある種の啓蒙主義 大阪で世界陸上 そのためホームレスが立ち退かれている 日本にはホームレスが2、3万いる # ホームレスの統計では男、女、それ以外という区分がある # 「それ以外」というのは遠目では男か女かわからない # 大阪では「それ以外」が多い 立ち退きはある意味では仕方がない、ある意味では良くない 3つの立場 ・ホームレスは人間の屑だから立ち退くべき これは問題外 ・ホームレスの方々も大変だ しかし街の安全を脅かす 彼らが自立できるようにもっていく これは人々のライフスタイルに干渉している ・ホームレスも一つの生き方 ホームレスを生み出す社会全体の問題 立ち退かせるのは問題 社会全体の問題にはするがホームレスの生き方を認める 2重基準 少子化問題に大して 女性が子供を生めない環境は問題 社会の問題であって女性が子供を作らなくてもいきていける社会を整備しなければならない このような2重基準がリベラルなアイロニー
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■リバタニアニズム+工学的管理(動物化)という解 ・一人一人の多様性 ・社会全体の持続可能性 リベラルな人たちは 矛盾を抱えた人間、社会を認めつつ教育していく 保守主義は教育が好きだが リベラルも教育が好き しかしリバタリアリズムは ・一人一人の多様性 ・社会全体の持続可能性 この2つを切り離す 公園などでホームネスが寝られないようにする 都庁に通う人たちはホームレスを見なくてもすむ 情報技術はゾーニングに対して強く機能する 小さなコミュニティで安心安全なインターネット たまにバグがあってケツ毛バーガー事件などが起こってしまうけど 一つ一つ潰していけばいい 21世紀の社会はこうしたモデル でも、社会全体の意思決定は誰がするか 内面化の形としては保守主義、リベラルを前提としている しかしリバタリアニズムは内面化しない 近代社会では内面化しないと近代化しないと思われていた Googleは資源配分の最適化を行う Googleで検索したらある程度の結果が返ってくる 人間の欲望に答えている これは機械によって行われている 誰も何も考えてなくてもうまく調整すればなんとかなるのではないか 1人1人の人間が何もわかっていなくても 価値とか言論に対しても決定されていく 内面化を行う必要が無い ホームレスがそこにいるってことで 誰がケアするお金を出すのか 区議会でホームレス対策費を決めてNPOが云々 この全体をもっと洗練されたシステムに出来ないか すべての道路にETCがついていて 携帯電話を持って街を歩くたびにお金を取られるシステムになったとしましょう 代々木公園に入るたびにお金を取られる こうして集まったお金をホームレスの人たちに配分する しかしユーザーはホームレスのことを意識していない 社会全体の資源配分をどうするか というのは社会の大きな問題 むしろ人類社会で大事なのはこれだけ かつてはみんなが考えて社会全体について考えなければいけないと思われていた だから教育が必要だった しかしそうではないとすれば 単に巨大なコンピュータがあればいいのであれば みんなものを考えなくても良い 道路建築では巨大な利権が発生する どうしてこのようなことが起こるのか 誰かが道路計画を決めているから しかし人間が考えなくても決定できれば利権は発生しなくなる 行政がやっていたことが Google的なものにアウトソースされていく 生きている間にある程度のところまではいくのではないか 人は世界について考えなくてもすむようになる 好きなことを考えていればいい Googleが世界政府になるという人は結構いる IT系のブロガーとか しかしこれはどういうことなのだろう Googleが世界規模の図書館になり映像アーカイヴになり Googleがある種、情報のランキングを出してくれるような世界 このような世界があったとして はたしてここで責任というものはどういうものになるのか コンピュータが車に結構入っていていろいろな機能がある 自動操縦というのがある程度可能になる世界が来るであろう 旧道路公団がやることがないので スマート高速道路化していくしかない 高速道路を使いながらDVDが観られるとかそういうの 高速道路全体が巨大なインターネット網で覆われるようになる 交通の制御が行いやすくなる 自動操縦が現実になったとして問題になるのは事故が起きたとき誰が責任を取るのか 一つ一つ問題を潰していくのはかなり時間がかかる 技術というのはある程度進行しても法が問題になる 何か事故が起きたり大きな出来事があった場合 その責任を誰かに帰する(帰責性) これはかなり人工的な制度 交通事故なんてかなり運 制限速度を守って注意して走っていても老人が横から出てきても 運転手に責任が行く 自分の意思決定を誰かに支援してもらっていく 家庭用ロボットでお茶汲みくらいはできるだろうけど 子供がロボットに飛び込んで火傷した場合 これを防ぐ機能を組み込むことができるか ということを考えていくとフレーム問題に突入する では誰に責任がいくのか この問題のために家庭用ロボットは実現しないのではないか 格差社会自民党安倍政権が悪い、と帰責できるが 電子政府の場合はそうできない Google電子政府みたいな話は人間への帰責性を根本から脅かす
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それぞれのコミュニティで、他のコミュニティのことは知られていない ワールドトレードセンターはウォール街の中心のようなもの 年収が100倍1000倍違う人たちが働いている 年収1万ドルの人と1億ドルの人が同じビルの中に住んでいて お互いまったく見た事が無い しかしそこに飛行機が突っ込んで その崩壊の瞬間だけみんな一緒 このようなことが起こらないと同じビルの中でも ばらばらなコミュニティで分散してお互い知らなくても生きていける しかしコミュニティをつなぐものというものを考えていかなくてはならない 人間の能力の限界 30人で村を作っていて あの用地をどうすればいいのか そんなのみんなで決めればいい 30万人だったら?三億だったら? 人間の頭では達成できない その隙間に電子技術が入り込む SNSは世界中の人たちと友達になるという触れ込みだったが 地球の裏側のやつとなんて友達になれるわけが無い 同じクラスのやつとかになってしまう こんなのどうでもいいですよね # 誰かmixiによって失われた経済的損失を算出しないかなあ # こういうものこそ求められている あなたと友達になれるのはこういう人っぽいですよという機能 このようなリコメンデーション機能が洗練されていく かつては ある作品の感想にアクセスすることは難しかった 雑誌で面白いライターに出会ったとしても その人にアクセスすることは殆ど不可能だった 今はインターネットで自由に横断できる 何か面白いと思ったものについてディープな情報が手に入るというのは 人間の消費の可能性を大きく規定していくので コミュニティ間の横断はなされなくなっていく 東は無駄に読んでいる本がすごく多い 世界に対する無駄打ちのために横のコミュニティにずれることができる ライトノベルについてすごく詳しい人がいるとする 無駄打ちをしていないからそこまで詳しくなれる
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工学的自由社会の問題点 認知的には人間が自由というのはどういうことか 周りから制限がないとき 抵抗感が無いとき 自由に散歩しているとき、地理空間がわかっていて 交差点でどっちに曲がるかというのはほとんど考えていない 決められていて決定すらしていない時に 人間は自由だと感じられている 例えばGoogleトライアングル Googleの検索結果から選んでいるという感覚はほとんどない 何か誘導されていって適当に買う # 東の父親は石を買っている # 買い方とかも最初は同好会とかの人たちと山で掘ったり # でも最近はネットで石を買って宅急便で送られてくる # コレクションって最近はこういうものになっている # いつでも注文すれば手に入るのだから集めている必要ってないのではないか # なんとなくサイトにある、通販で買う # 自由ってなんだろう 管理されている自由がある これを、私達の社会、特にインターネットは非常に強力に推し進める傾向がある 本当にクリティカルなのは選挙 私達は選挙権を荒っぽく使っている 1人1票 数年間に1回行使 選んだ相手が何をやっているか殆どしらない 地方自治体レヴェルだったら全部の法案を住民投票で決めるのは可能 投票権のカテゴリーごとの市場とかを作ってさらに予測市場とかをつくって 政策の株取引みたいなものが実現したとして 何々の区民は政策を決定したといえるのか 例えば日経平均はみんなで決めたものなのか 何かが自然に決まった、意思を持って決めた、この間に区別はあるのか
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人間とは何か 『人間の条件』では アーレントは、人間は3種類の活動的生活をするという ・活動 action みんなで決めることはアクション 言論言葉価値言説社会の枠組みの意思決定 こういう事に関係するのはアクション ・仕事 work 集団でビルを作ったりコンピュータを作ったり ・労働 labor 生活費を稼ぐために 吉野家で時給800円で働くとか 人間の人間性は「活動」によって定義される アクションは公的なもの、レイバーは私的なもの 近代社会はアクションの地位が低下してレイバーが台頭する 労働している人間というのは他者と切り離されて 1人だけの欲求のために生きている 人間は食べたり飲んだり寝たりするけれど この延長線上に牛丼屋のバイトがある バイト代が出てそれでカウンターに入って生きていく これが労働者の生活 これは人間の生活なのだろうか 蟻とかと同じではないか そう考えると労働とか消費というのは動物的なものに見えてくる トータルでみれば人間が生き残っていくためにぐるぐる回っているだけ 労働というのは人間の生物、動物としての側面に近い アーレントはすごく保守的なところがあって ギリシャの民主制を念頭に置いているところがある ギリシャでは労働は奴隷がやっていた 貴族は人間の人間らしい生活だけをしている 僕達は一日の半分くらいは労働をしている 労働は自己実現とも関わらないし世界とも関わらない 活動は公的で政治的なもの 人間と人間の関係にかかわる 世界性がある # 昔マックでバイトしていた # 人間は不思議なものでマックでバイトしているとマック好きになる # ロッテリアとか衛生管理なってねーよとか思うようになる # この恐ろしさを人間は自覚する必要がある # 自覚しても関係ないんだけど自覚する # 最後まで授業の終わる時間を覚えなかった # 母親に授業に遅刻するなと言われた # はてなとか見ないで貰いたい # このフラット化した世界で生きていけるのか… インターネットは人間のアクションを強めると思われていた まさにブログがそう 社会に対していろんな事を言えるようになった このような言説は90年代でよくみられた でも情報技術というのは 消費と労働のサイクルをどんどん強めるのではないか ブログやSNSに関わっていたらみんなアクションというわけではない 足跡中毒、いつもチェックしていないと生きていけない 動物がグルーミングし合う様にSNSやブログをやる 目的化したコミュニケーション 心の安定を確保するための精神安定剤 これはすごくレイバーに近い 労働というのは人間の生生しい生の欲求によって規定されている 動物的側面の循環の世界をアーレントはレイバーと呼んだ このためにもインターネットは使える 今はインターネットの機能はこちら側に向いている 北田さんのいう「秩序の社会性」 つまりアクションのこと こちらもインターネットは強化するけれどそれだけではない 遊んでブログを書いていたけどいつの間にかアフィリエイトで稼げるようになった リナックスのリーナスが『Just for fun』という本を書いた 楽しかったからブログを書くWikipediaを書く しかし別の観点から言えばこれは労働 遊びで楽しくてゲーム作ってたけどそれが商品化した瞬間から 今までの遊びが労働に変わり ゲーム制作者は労働力になっていく 文章書くのが好きで評論家になったが職業になったら労働になった 自宅でアンパンマン弁当を作っていたらカリスマ主婦になってしまった 遊びと労働の境界があいまいになった インターネットは「遊び=労働」の世界を作っていく 「労働のない労働者の社会という逆説的な見通し」byアーレント 人間というのは動物的なものなので 動物的自由、快楽にすごく弱い これを情報技術は強めていく洗練していく これは私達のイデオロギーとも関係している ではアクションの領域とは何なのか 世界性 ハイデガーの言葉 世界と関わること 世界に対する関心、関心を持っていること これが人間の人間たるゆえんであるとハイデガーは言った この関心は労働者には無い そしてインターネットユーザーにもない セキュリティ se(cur)ity cura,care 心配 工学的管理社会において自由とは何なのか 世界に対する関心がないのが工学的自由だから 世界に対するトータルな意見をもてない 一人一人は考えなくてもいい しかし関心は持っていなければならない ローティのいう小さな共感可能性 コミュニティの外側に出るための世界に対する関心はどのような形で保たれるのか
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最後大変駆け足でわかりにくかったと思うが これで授業は終わりです 一年間ありがとうございました